月夜見
 puppy's tail 〜その44
 

 “みどり ひ〜らひら♪”B
 




 人が時間に追いまくられての日々を暮らす、そんな街を眼下に見下ろすようにした。ちょっぴり山野辺の閑静な旧保養地に、新しい住人が増えたのはここ何日か前からのこと。こちらへ永住するとかいった転居者ではなく、執筆のための集中に善さそうな土地だからとやって来た、物書きのセンセーであるらしく、
「香水? ああそういや、つけてらしたかな。」
 ご本人の流儀とやらに関係なく、ツタさんがそうやって持って来て下さるからという、小粋で涼しげなグラスにつがれたビール。それを一気に半分程もあおってから、そうと応じて下さったのは、今日は出勤日だったのでと隣町のアスレチッククラブまで出掛けていた、この屋敷のまだまだうら若きご亭主殿で、
「表で逢ったせいかな、そんなに気になりはしなかったが。」
 ねえと、おつまみの小鉢…小エビの素揚げを夕飯に先んじてご用意して下さっていたの、居間まで運んで来て下さったツタさんへとお声をかければ、
「そうでございましたね。風向きもありましたが、匂いも強さもそれほど気にはなりませんでした。」
 けれど、と。ツタさんが付け足したのは、
「ほとんどお家に籠もっての書きものをなさる方にしては、お化粧や香水に気張り過ぎなのではないかとも思いましたが。」
「ご挨拶回りにって意識をしていたんじゃないかな。」
そうであってのものなら、まま不自然ということもなかろうよとゾロが言い足せば、
「さようでございますね。」
 そうそう強く感じた不審ではなかったらしく、ツタさんもあっさりとそんなお返事を返したものの、
「ただ…。」
「ただ?」
 もう1つだけ付け足したのが、

 「お化粧なんて要らないくらい、そりゃあお綺麗な方でしたから。
  わざわざのものでも、むしろ勿体ないと思ったことくらいでしょうか。」

 ツタさんの感慨に他意はなく、そうだったからこそゾロもまた“そうそう、なかなかの美人だった”という相槌を打ちかけてハッとした。子供っぽいが、いやいやだからこそなのか、これで結構悋気深いところもあるルフィなので。他所の女性を美人だったなんて言ったりした日にゃあと、今になって我に返っての慄然と総身が凍りかかったものの、
「…るふぃ?」
 そろ〜りとお顔を上げて、お向かいのソファーを見やった先。柿色の気の早いタンクトップの上へ、キャラメル色のほとんどシースルーなほどの編み方になってるサマーニットのベストを重ね、ボトムはサブリナパンツという、いかにも初夏向けのいで立ちをした奥方が、ちょいと考え込むように細い眉根を寄せていたものの、
「んん? なに?」
 旦那様の伺うような呼びかけへと上げて見せたお顔には、さしたる険もなくの平生の雰囲気。そういやあ、彼女のことを取り沙汰したのもそもそもはルフィから言い出してのことだと思い出し、
「いや…別に。」
 ああ良かった、怒ってはないらしいと。やっとのことで安堵の吐息。思えば、ルフィの側から“どんな人か”という方向で話を持ち出したのからして珍しいから、うっかりと何の気なしという調子で口へ上らせもしたのであって。
“…なんだろ、一体。”
 関心があるのなら自分で直接…わんこの姿になってのこっそりと、身辺を文字通り嗅ぎ回って来るくせに。あの女性に限っては、香水の匂いとやらが邪魔でそれが出来ないということだろか。
“ルフィの好みってことかねぇ。”
 この関心の寄せように、おややぁと今になって不審を覚えたご亭主だったようだけれど、…もしもし? ちょっと待って下さいな。どんなお人か判らないからって、あなたへと訊いてんじゃないのでしょうか?

 「?? どした? ゾロ。」
 「あ、いやいや。何でもねぇよ。」

 寝た子を起こしてどうするかと。無自覚なままなら、そぉっとしといてそのまま冷ましてしまえとでも思ったか、何にも気に留めちゃあいませんよというお顔を取り繕い、
「それよか、カイはどうしたよ。」
 さりげなく話題を変える。今宵はまだ小さな王子様を見かけていなかったからで、いつもなら…出先から帰って来たパパの車の音を聞き付けた段階で、きゃっきゃとはしゃいでしまう彼だと聞いたのに。
「お外から戻ってないのか?」
 最近では、この家の周縁という近間に限ってなら、一人で出歩くことも無きにしもあらずなんだと。ゾロパパからすればどんな怪談よりも恐ろしくて堪らない話を聞いたばかりの、そんな成長っぷりを発揮している坊やなのかと暗に訊けば、
「お鼻が痛い〜って帰って来て、今はお昼寝中だよ?」
 自分のお顔もくしゃくしゃにして、困った困ったという坊やの顔真似をするママさんだったが、


  ――― 実はその坊や、大人しくお昼寝なんて、してはいなかったりする。




            ◇



 ハナちゃんもいやな匂いだとお顔をしかめていた人工的な香水の匂い。でもでも今日は何だか薄いみたいで、
“よかったぁ♪”
 お出掛けしてるですかね、だったらわんこのまんまでくれば良かった。お鼻が痛痛では近寄れないからって、一回お家に戻ってママにウェスティから坊やへと戻してもらったのにと。手間をかけたことが無駄になったと怒る真似をし、頬っぺをぷんぷくぷーと膨らませたのも、ともすればどこかお芝居がかって見えるのは。坊やの意識の上ではあくまでも真剣本気であるにせよ、それへと応用されているものが“探偵ごっこ”の延長に過ぎなかったせいであろうと思われる。こそそと近づいたは気になるお向かいさんの生け垣で、錦木の新しい葉のひやりと瑞々しい感触が、こちらさんもやわやわな頬へと触れるのが、
「…うふふぅ♪」
 擽ったくて気持ちがいい様子。
(おいおい) ひとしきりスリスリをしてから、根元を見回し、ウェスティサイズだったなら音もなくの易々と潜り込めただろう、株と株の隙間を見つけると、
「…う〜んっと。」
 小首を傾げ、ちょっぴり考える真似をしてからのおもむろに。地面へ手をつき膝をつき、お団子みたいにその身を縮めると。背中とお胸にクマさんがプリントされてる、お気に入りの水色のパーカーの、そのお背
せなが引っ張られまくりになるのを厭いもせずに、匍蔔前進にて茂みの中へという進軍を始めたカイくんであり。…おいおい、おいたはイカンだろう。
“おいたと、ちやいますもん。これも“しめー”ですもん。”
 Hさんに受けたからって、何でもかんでも“しめー”にしないの。
(苦笑) 日頃からも わんこの姿で駆け回っているせいか、四ツ這いは今でも得意中の得意な彼であり。よーいちょ・よいちょと進んで進んで。肘やお膝がちょっと痛いのも何のその、錦木の熱烈なちょっかいかけにも屈せずに ずぼっとお庭側へ出られたは良かったが。通過した後が…どこから見ても“無理からこじ開けました”という大穴になっている。これでは何処の探偵事務所でも採用してはもらえまいが、今の坊やには目下の事案にしか関心は向いていないらしく、
“んっとぉ。”
 目の前に広がったのは、カイくんのお家とそうそう変わりのない風景だ。手入れのいい、まだ柔らかい芝草が絨毯みたいに敷き詰められた平らかなお庭と、その向こうには母屋のポーチ。垂木のような天蓋に蔦を絡ませたお屋根のある、自然石を埋め込んだポーチへと、そのまま出られる大きな窓が幾つも並んでいて、リビングやゲストルームだろう広間がレースのカーテンの向こうに透かし見えるが、
“…誰もいまちぇん。”
 残り香はあるが気配は薄い。全くの誰もいないとは言い切れない、何かの気配があるにはあるが、人間が普通に生活している佇まいから感じられるような気配じゃあないので、
“わんこや にゃんこじゃないけれど。”
 何か飼っておいでなのかもと、その生き物の気配がしているのかもと、小さなカイくん、あたりをつけた。このご町内にも、熱帯魚とかボタンインコとか飼ってらっしゃるお宅はある。海外への旅行に出るというお友達から預かったのという大きなフクロウがいたお家では、不思議と時々気配が薄くなってて。パパに訊いたら、フクロウは昼間は寝ているからだよって教えてくりたの。飼われているものでも、そういう習性はなかなか大きく変えられるものじゃあないからねと、うとうとって眠ってることが多いから気配が薄くなるんだろうねって。
“ゆってましたもの。”
 だから、この気配も。そういう、お昼間は寝てる子のものなのかも知れない。フクロウさんかなぁ、夜の方が元気な子とゆーと、こないだテレビで観たライオンさんとかトラさんとかも そだったよなぁ。森のムササビさんも夜の方が元気で、えいやってお空を飛ぶのvv あれって、かっくい〜だったなぁvv なんて。そんなこんなと思いつつ、よいせよいせと匍蔔前進を続けて続けて。こうまで開けているところでやっても、もうあんまり意味はなかったけれど。カイくんには“こっそりの潜入にはコレ”と刷り込まれているらしいから仕方がない。今度があったらそれまでに、パパかママに正してもらえ…ようがないでしょか?(今度ってのも あっては困ろう。)
「ふや。」
 やっと到着したのは、自然石の大きいのをモザイクみたいに並べて埋め込んであるポーチ。お昼間の陽がふんだんに当たってた名残りか、腕を乗っけるとじわりと熱い。もう立っちしても大丈夫かなと遅ればせながらに気がついて、お腹についた草をパタパタ、小さなお手々で払ってから。小さなスニーカーをはいたアンヨ、そろりそろそろとポーチに乗っける。ダルマさんがころんだみたいだなとふと思い、ダルマさんがころんだは大好きだけれど、どうしてかな、カイもママもすぐに動いちゃうの。こんな“しめー”にも役立つ遊びなんだから、今度からは真面目にやんなきゃ…だなんて。やっぱりどこか見当違いなことへ、決意も真摯に小さな拳をぐうにして、しっかと握ったカイくんだったが。

 “…あや?”

 手前のお部屋。窓際に何か置いてると気がついた。四角い箱みたいな、でもそこで何かが動いたから気がついたという順番で。とすると、熱帯魚か何かの水槽かしら。でも、
“お水のによい、あんまりしない。”
 苔生したような湿った匂いは微かにするが、水の満々と張られてあるところから立つそれとは微妙に違う。
“何だろ。”
 あ、また動いた。何か大きいの。おちゃかなだったら、かわちゃきさんチのお爺ちゃんが飼ってる“ぴやゆく”みたいに…って。ピラルク飼ってますか、川崎さん。大きいけど もちょっと小ぶりの、アロワナとかいう熱帯魚じゃないですか? それ。などと脱線しかかる筆者には目もくれず
(いやん)、そこにいると目串を刺した窓へ、そろりそろりと近づいてったカイくんだったが、

  「うや?」

 確かにそこにあったのは大きめの水槽であり、中には何物かが住まう気配。あまり活発な生き物ではないものか、ごそごそがさごそと蠢く様子は伺えないものの、
“えっとぉ…。”
 あれ? このシルエットはと。カイくん、妙に心当たりがあるような気がして、えーっとうーんとと思い出そうと奮起する。らいよんさんのテレビに出て来たんじゃなかったかな。昨日ママと観てた『世界どーぶつ やっほー』っていうの。らいよんとかちーたあは、茶色い草がぽそぽそってしか生えてない、広い広いとこに住んでるってお話とか、いっぱいいっぱい観てた中に、こゆのがいたよ? えっとぉ、そうだ。

 『ほら、カイ。これがワニさんだよ?』
 『わーに?』

 長くて平たくて背中がゴツゴツしてて、お顔の半分がお口なの。あんまり動かないどーぶつだったけど、お水に入るとすいすい泳ぐの。そいで、がばぁって大きなお口開いて、どーぶつえんのお兄さんがそ〜れって放ったお肉、がぶって食びてた。あれれ? でもどーしてワニさん観たのかなぁ? でーぶいでぃーってゆうの。ママがどっかから出して来て観たんだもの。何でだったっけかな、えっとうんと。
『ゾロが言ってたのが…。』
 ああそうだった。パパがそんなお話を。暗い暗いのところでいきなり出て来たワニさんが、大っきなお口開いてがぶって………っ。

  「きゃーの、きゃーの、きゃーのっっ!!!」

 そういう順番で、しかもなんて間合いの時になんて事を、わざわざ思い出してますかこの子はもう。
(苦笑) やだやだ、これってワニさんだよう。なんでこんなの此処にいるのぉ?と。結構大きなお世話なことを真剣に恨めしく思いつつ、きゃあと逃げかけたあんよがポーチの敷石の角っこに引っ掛かり、すてんと転んでそれがまた。小さな坊やをパニックに陥れる。

  「やーの、やーの、やーの〜〜〜〜っっ!!!」

 ワニさんが追って来てのガブッてしたのかと、そんな極端なことを、でも思い込むよな間合いではあったので。怖いよう、痛いよう、たちゅけてようと。腕白さんがとうとう、えくえくと泣き出しちゃってたところへと、

  ――― ひょいっと。

 小さなその身を高々と、軽々抱え上げてくれた双手があって。柔らかな手、ママかしら。でもでもママのによいじゃない。あ、これってあのつんつんするによいじゃない? お家の人に見つかっちゃったの? あやや、カイのことメッてしに来たの? うえぇぇん、こあいよう〜〜〜。やっぱり恐慌状態は収まらないままな小さなカイくんを、その懐ろへと抱えたその人は、

  「まあまあ、ルフィったら、あれから何年も経っているのにまだこの姿なの?」
  「…俺はこっちだっつの、ロビン。
   それとゾロ。
   そのゴルフクラブはどっから出したか知らないけれど、
   危ないからそぉっと下へ降ろしなってば。」

 この人は俺の知り合いで、カイをこのまま攫ってこうって言ってんじゃないのと。ややこしい人たち相手に、ルフィママの方がこういう物言いをしての説得なんてもの、することになるだなんて。

  「記念になるから録音しとけば良かったわねvv」
  「ロービンっ。」

 確かに珍しいことには違いないけど、それを窘められたお人が言ってどうするかと、はぁあと溜息をついたルフィママだったこともまた、記録に残したくなるほどの大人っぽいご様子だったそうです。





            ◇



 他所様のお家への侵入大作戦を敢行していたおチビさんだと、その親御さんたちが気づいた切っ掛けになったのは、昼寝をさせていたはずのお部屋を覗いたら見事に空っぽだったから。とはいえ、さして時間経過はなかったものだから、匂いを追ってってのすぐにも…お向かいの生け垣、いやに奇妙な大穴が開いてることへママが気づいての“あららぁ”と顔を見合わせた若夫婦が。こちらは正面からの玄関へ、チャイムを押してのご訪問をしたのが丁度。カイくんがポーチ目がけての匍蔔前進をあとちょっとで完遂出来るという頃合いのこと。“裏手”から戻って来たばかりだったらしき家人のお姉様が、ご訪問して来た二人連れの片方へ、まあまあと嬉しそうに微笑んだのと、庭の方から幼い悲鳴が上がったのがこれまたほぼ同時であり、聞き間違えてどうしますかと駆け出した父上よりも素早く、その身を翻したお姉様、先に辿り着いたお庭にて、カイくんを抱え上げたところへ、ルフィとゾロも追いついて。先程のやり取りと相成ったのではありますが。

 「何年振りになるのかしらね。その坊やと変わらないほどの年頃だったでしょう?」
 「まぁね。」

 さらさらの黒髪もまた、その艶やかに妖冶な美しさへの華を添え。その顔容へと柔らかく浮かべた笑顔も、どこかちょっぴり謎めいた雰囲気の強い、たいそう大人びた印象の強いこちらのお姉様。実は実は、ルフィの古い知り合いの、ニコ=ロビンというお人なのだとか。でもでも、

 「何であんな、香水なんかで匂いを誤魔化していたかな。」

 そんなややこしいことしてなけりゃ、越して来たあの当日のうちにも思い出せてのご対面と、すんなり運べたのにさと。はぐらかされたようでそれが気に入らないのか、甘えん坊っぷりを発揮しもせずの、これも珍しく。ルフィさんたら妙にぷんぷくとお怒りのご様子。ぶつけるようなそんな言いようをしたルフィへと、
「あら、だって。」
 ロビンお姉様は少しも動じず、
「此処は自然の匂いばかりの土地ですもの。私のこの匂いが突然立ち上がったなら、飼われているわんちゃんや猫ちゃんたちが、そりゃあもうもう脅えて脅えて、何事かっていうよな騒ぎになってたはずよ?」
 うふふんと笑った彼女の意味深なお言いよう。
「?」
 意味が測りかねたゾロが小首を傾げたのを傍らに見やると。まあねという同意のついで、そこのところの説明も兼ねての、もうちっと詳細を口にすることにしたルフィさんであるらしく、

  「ロビンはさ、俺とお仲間の精霊の末裔で、しかも属性は狼なんだ。」
  「よろしくvv」

 自身の身の上をこうまでさらりと明かされても、焦りもしないでにっこりと微笑んだ彼女だったのは、
「ご挨拶に伺ったときにもう判りましたわ。こちらのご亭主とそれから、そちらの奥様と。ルフィの正体をちゃんと知った上での、家族として暮らしておいでだと。」
 此処はロロノアさんチのリビングであり、ツタさんが丁度お茶をと運んで来たところ。そこでとそんな言い方をしたお姉様であり、
「本当は一件一件訪ねて回らなきゃいけないかしらって思ってたのよ?」
 自分のまいた香水のせいとはいえ、私まで鼻が利かなくなってたから。ああ、あのワニは私のペットvv ワンちゃんや猫ちゃん、小鳥やハムスターなんかは、どうしても怖がるから傍へだって置けなくてねと、困ったことよねぇなんて眉を寄せたお姉様だったが、

  「…ルフィ、まだ怒ってるの?」

 ぷいっと、そっぽを向いたまんまな奥方には、先程こそ“ウチの子に何をするか!”とゴルフクラブを振り上げたゾロパパでさえ、おいおいと窘めるようなお顔をし、
「ルフィ?」
 ソファーに空いてた僅かな隙間。それを埋めてのにじり寄り、お膝へ抱えたカイくんごと、すぐの間近へと身を寄せれば、
「〜〜〜〜〜だってさ。」
 大好きな旦那様の懐ろへと頬を埋めながら、という格好ながら。声は聞こえているのでしょうと、ひねくれての独白っぽく紡がれたのが。

  「なんで、すぐにも。逢いに来てくれなかったんだよう。」

 だってどのお宅かは、判らなくて。今言ったじゃんか、すぐにも気づいたって。それから何日経ってると思うよ。そんな言いようをするルフィなのへと、

  ――― ああ、これは。

 カイくん以外の、大人たちの全員が気がついた。ルフィの側からだって、逢いたかった人なのに。何でそんな、間を置くようにして、顔見せないままにいたんだと。
“拗ねてやがる。”
 こらこら、ゾロさん。他にも言いようがあろうにと。筆者が苦笑をこぼしかかったところ、お向かいのソファーへ腰を下ろしていたそのロビンさんが立ち上がり、ご亭主がいるのとは反対側のルフィの傍らへ、ふさりと座しての手を伸ばせば、
「…。」
 お顔は上げないままだったものの、髪を梳く優しい手にはあえての勘気も見せないままなルフィであり。何とも子供っぽい拗ね方へ、ロビンもゾロもツタさんも、小さく小さく苦笑をして見せる。少しずつ少しずつ、苛立ちの気配が宥められてのしまいには、そぉっと身を起こしたルフィが自分から、ロビンの方の懐ろへ、ぽそり、その身を凭れさせたので。ああやっと、勘気が解けたかとの安堵と共に、

  ――― これを渡しておこうと思って。

 そうと囁いたロビンが、しなやかな痩躯を引き立てる、セミタイトスカートのポケットから摘まみ出したのは…小さな輝石。
「それって?」
「精霊石よ。一番幼い子供を持つ仲間に譲ってゆくもので、私は母から譲られた。」
 視線で促され、そっと手のひらを広げると、そこへと落とされた小さな輝石。エメラルドに似た緑色の透き通った宝石は、まるで挨拶でもするかのように、ほわりと優しい光を放って瞬いた。
「私としては、今の生活を守る上でも、そういう連れ合いを持つなんてつもりはなかったから。だから、あなたを抱えてたシャンクスに渡そうと思っていたのだけれど。」
「あ…。」
 このロビンは、どうやってだか人としての居場所を確保しているようだけれど。ルフィを連れての流浪の身だったシャンクスは、いつだってあまり長いこと、1つところには居なかったから。
「匿ってくれてたけど、それこそ長居すると怪しまれるんじゃないかって思ったって。」
「でしょうね。何にも言わないで出てっちゃったの、そのせいだろって思ってた。」
 水臭いったらと苦笑をし、それから、
「辛かったでしょうね。」
 あらためて、ルフィへと囁く。人間ではない存在。社会的な幽体であることなんてのは何とでも言い逃れが利くが、彼らの場合はそれだけじゃあない。異様に鼻や耳が利き、何となれば獣へと姿が変わる。そんな体だということは何とか隠し果(おお)せても、誰かと恋に落ちたら…愛した存在と情を交わせば、必ず生まれる子供が全てを明らかにしてしまうから。だから彼らは人の目を避けての生き方しか出来なくて。
「…うん。」
 あちこちを放浪していた昔は、さすがに嬉しいことより辛いことのほうが多かったかな。シャンクスだって、ロビンのような生き方を選べない訳ではなかっただろうにね。でも、出来なかったのは…永の孤独が寂しかったのか、それとも。自分の気持ちに嘘をつけなかったからか。でもね、シャンクスは生まれたルフィをそれはそれは可愛がってくれたし、
「ミホークのおっちゃんがいてくれたし、今はゾロも、カイもツタさんもいるし。」
 此処へと辿り着いてからは、そんな頃を埋めて余りあるくらい、とっても幸せになれたから。だからもういいんだと笑って見せる。
「俺って運がいいから。」
「何言ってるの。あなたがいい子だから、皆が寄り集まってくれるのよ?」
 ロビンがこうしてわざわざ行方を捜し当てたのも、もう一度この笑顔に会いたかったから。どんな不遇にも何かを恨まずの前向きに、明るく笑ってくれる、それは無垢な笑顔に魅了されてのことだと、古いお知り合いのお姉様が囁くのへと。その反対側の傍らで、同じ笑顔をお膝に抱えたご亭主も、その分厚い胸の裡にて何度頷いて見せたことだろか。そうしてそして、

  「マーマ、お姉ちゃ、おーもだち?」

 小さなカイくん、もうビックリのドキドキは収まったのか。やーやーと小さなお手々を伸ばして来るのへと、ルフィを懐ろに収めたままなお姉様、綺麗な手を伸ばしての握手の真似ごと交わしつつ、

  「ええそうよ?
   夏までは此処に居るから、カイくんも一杯遊んでちょうだいね?」

 にっこり笑ってのご挨拶へ、カイくんも“きゃーいーvv”と はしゃぐことしきり。新しい、それも素敵なお友達が増えて、ますますと楽しい毎日になりそうではありますが、

  「でもね、あんね、ワニさんは こあいの。」
  「判ったわ。すぐにでも馴染みのペットショップのホテル部へ送るから。」
  「…何なんだ、その即答っぷりは。」

 好きで飼ってる訳じゃあないのでしょうか、ロビンさん。それとも、こ〜んな可愛い子が怖いというなら聞かないとと、そういう優先順位が働いたのか。なかなかミステリアスな、それにしては俗っぽいところも無きにしもあらずな、お姉様が加わって、果てさてどんな明日がやって来るものか。


  「とりあえず。ゾロには強力なライバル登場だねvv」
  「そうでございますねぇ。」
  「……………あっ!!」






  〜どさくさ・どっとはらい〜  07.5.21.〜6.05.


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     貴子様 『puppy's tailで、元気一杯なカイくんのお話。』

  *お待たせして申し訳ありませんでした。
   やっとこさの出来上がりでございます。
   ロビンさんは是非とも、ルフィのお仲間という格好で参戦してほしくて、
   でもそういうお話が絡む隙がなかったもんだから、
   こうまでズレ込んでしまいまして。
   ご依頼あってのキリリクにてやることじゃあなかったかもですが、
   どうかご了承下さいませです。

ご感想はコチラへvv**

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